金曜日のネコ

これは何でも良い。詩でも、随筆でも、プログラムでも、便所の落書きでも。

大学院で1年留年が決まった話

1年留年が決まった。

TL;DR

  • 1年留年が決まりました。
  • 悩んだ末、来年もう一年チャレンジします。
  • 1年後に笑い話として見返せるように、今の思うところ(特に恨み節)を記しておこうと思います。

研究(の紆余曲折的な)概要

IAMASでの2年間、紆余曲折を経て修士作品《* as Code》を制作いたしました。

この制作を始めたのは修士1年の終わり頃、プログラミング言語の理解を促す為の教材として有効なのではないかと考え童話や歌謡曲の歌詞をJavaScriptで記述したことがきっかけでした。

アートたるにはどうすれば良いのか、自分が本当にやりたいことは何なのか、そしてそれを研究として成立させるにはどうすれば良いのかを考え続け、最終的にはプログラミング言語の構造を用いて自分自身の思考を外在化することを表現として、作品を制作しました。

手法

表現の手法に関しては以下に示す通りです。

この世界の全ての概念はプログラミング言語の変数で表現することができます。記号論で例えると、「わたし」というシニフィアンに対応する『わたしのメタデータ』というシニフィエが存在する一つの閉じた記号系を一つのソースファイルの中に書き表すことができます。

var わたし = {
    名前: "Mitsuhiro Hibino",
    性格: "良くはない"
};

関数は現実世界の動作を処理や手続きといった形で記述することができます。

function 歩く( 人 ){
    人.現在位置 = 人.現在位置 + 1;
    return 人;
}

もちろん、複数の動作を組み合わせて新たな動作を定義することも、動作を変数として扱うことも可能です。

function ジグザグに歩く( 人 ){
    人 = 歩く( 人 );
    人 = 向きを変える( 人, "90度" );
    人 = 歩く( 人 );
    return 人;
}

これらの概念を分岐や反復といった制御構文を用いることで一連のフローとして記述します。

修士作品(と認められなかった)《* as Code》について

《* as Code》はプログラミング言語の構文と日本語の識別子を用いて記述された詩です。

プログラミングを初めて以来14年間、C言語の影響を受けたプログラミング言語を用いてコンピュータに自分の意図を伝える活動を行ってきました。私は物事をプログラミング言語で用いられる概念に当てはめて捉えることが度々あります。言語学の世界においても言語は思考に何らかの影響を与えることは確かだと言われており*1プログラミング言語自然言語(ここでは日本語)を組み合わせた言語表現はプログラムに慣れ親しんだ人にとっては高い表現力を持ったものであると考えました。

そして自然言語を用いているため、プログラマでない人にとっても、自然言語の意味に沿ってプログラミング言語由来の表現の一部を読み解くことができる表現でもあります。このことは学内での展示で確認済みです。

なぜ留年したか

先週、主査副査のところに行って話を聞いてきました。丸めると以下のような感じです。

  • この表現を用いて記述する題材をもう少し推敲できたのではないか
  • 自分にとって、この表現を用いて表現することはどういう意味を持つのかをじっくりと考えてほしい

題材を推敲と言われても、自分の出せる精一杯の「詩たる」題材を引っ張ってきたつもりだったのだが、、、と思います。

この表現はどういう意味を持つのか、とも重なりますが、私の考えていた研究全体の俯瞰図として「この表現にはこのような良い部分がある」→「この表現の持つ表現の可能性の一例として作品を制作した」のようなフローだと考えていたのですが、研究で評価すべき「表現の可能性 / 作品で用いている表現の効用」と作品を面白くする為の「題材や展示形式の作り込み」という乖離した2つのタスクに足を掬われてしまったと思っています。

来年

IAMASでの2年間はとても満足できるもので、自分自身見違えるほどに成長できた気がします。内定もあったし作品審査で落ちたら3月でドロップアウトして東京で働こうと思っていました。

でも欲が出てしまったというか、やはり修士という肩書も手に入れたいという気持ちになり、岐阜でバイトを見つけてもう一年だけ頑張ることにしました。いつ職を探すことになるかわからないので、ポートフォリオを整備しておくのは大切ですね。

おわりに

来年も岐阜にいるので、宜しくお願いたします。